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8月23日から11月24日までの間、記事更新をお休みします。
![]() 二つの諺と 二つの世界遺産… 日光を見ずして結構と言うなかれ ということわざがある。 にっこう、けっこう、 という 言葉の “語呂合わせ” によって、日光東照宮の美しさを称えている。 この世の中に、日光東照宮より美しいものが、存在するはずが無い~と、かたく信じているのであろうか。 日光を見る前に “結構”という言葉を使ってしまうと、日光の荘厳な美しさを前にして、形容する言葉が枯渇して、困ること になっても知らないよ!…と、さとしながら教えている。 西欧にも、同じたぐいの諺がある。 --- See Naples and die. --- というのがそれである。 南イタリアにある 小さな港町の景観は、それほどまでに美しいものなのだろうか。 生あるうちに、是非に訪れてみたいものだ。 そのナポリが、『ナポリ歴史地区』 としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。 1995年のことであった。 その4年後、1999年になって、こんどは 日光が、『日光の社寺』 として、同じく 世界遺産(文化遺産)に登録される。 登録名とされた “日光の社寺” とは、二つの神社…日光東照宮(とうしょうぐう)、日光二荒山神社(ふたらさん じんじゃ) と、一つのお寺…日光山輪王寺( りんのうじ) の、日光の 二社一寺(にしゃいちじ) のことである。 この二社一寺は、いずれも 栃木県日光市の 日光山内(にっこうさんない) と呼ばれる地域にある。 芭蕉さん、準備万端おこたりなく… 芭蕉が訪れたころの日光東照宮は、徳川家康の霊廟(れいびょう)としての性格から、一般には公開されていなかった ようだ。 拝観させてもらうには、しかるべき筋からの紹介状が必要とされていた。 昼近くに日光山に到着した芭蕉は、そのまま江戸からの紹介状を持って、養源院を訪ねている。 養源院というのは、水戸の黄門さまで世に知られた、水戸徳川家の旦那寺。 もちろん、拝観の斡旋を頼むためであったが、一介の俳諧師にしかすぎなかった芭蕉が、いったい どの様にして かかる 格式高い名刹に、ツテを得ることが出来たのか、不思議でならない。 「奥の細道」と言うか、松尾芭蕉には、このように不思議に思われる事柄 が、少なくない。 水戸徳川家ゆかりの筋からの斡旋ではあったが、それでも芭蕉は、午後二時過ぎまで待たされたようだ。 この時代の東照宮は、1683年に この地方を襲った日光大地震で被災した箇所の 修復作業に、大忙しだった。 思わぬ “待ちぼうけ” を喰らって、拝観を終えて門前町まで下りてきたときには、日はすでに、とっぷりと暮れていたが、 それでも、芭蕉(ばしょう)と曾良(そら)の、奥の細道・主従は、大満足であった。 日光山内に入山し、日光東照宮の“尊い威光”に、あまねく触れることができたのだから! その美しさゆえに、時の過ぎるのを忘れてしまい、日暮れを向かえても一向に気付かないでいることから、日暮門(ひぐら しもん)とも呼ばれた、高名な 陽明門(ようめいもん) を 間近に観ることができた。 奥社入口を護る、左 甚五郎作と 今に伝えられる 眠り猫 も 観ることができたし、神厩舎に彫刻を施された「見ざる、言わ ざる、聞かざる」で有名な 三猿 も 観ることができたのだから。 (※ 三猿とは…?) 芭蕉と曾良が、日光山を詣でたのは、元禄2年 卯月朔日(うづきついたち)のこと。 西暦に置き換えれば、1689年5月19日となり、ちょうど 青葉若葉(あおばわかば)の新緑が 真っ最中の季節である。 あらたふと 青葉若葉の 日の光 日光東照宮の威光をたたえて、芭蕉はこの名句を誕生させた。 芭蕉は、「書きたいことは山ほどあるが、恐れ多いので筆を置く」と書いている。 この時代、元禄(げんろく)年間というのは、ちょうど 徳川幕府が武断政治から文治政治へと変わる時代に 符合する。 『変化の時代に、差し障りのあることを書いてはいけない』という 芭蕉の配慮であろう。 続けて芭蕉は、曾良(そら)のことを書いている。 剃(そり)捨てて 黒髪山に 衣更(ころもがえ) (曾良) という句を 詠んでくれたと。 主峰である黒髪山との連想から、黒髪を切って今回の旅に同行してくれた曾良(そら)の力強い決意を喜んでいる。 芭蕉「奥の細道 - chap.6 日光」より… On the first day of the fourth month we worshipped at the sacr- ed mountain. In ancient times the name of this mountain was written Futarasan, but when the Great Teacher Kûkai founded a temple here he changed the name to Nikkô. I wonder if he was able to look into the future a thousand years later. Now its holy light shines through- out the realm, and its blessings overflow to the remotest corners. The four classes live in peace and scurity. But here, with due reverence, I must lay down my pen. ara tôto aoba wakaba no hi no hikari How awe-inspiring! On the green leaves, the young leaves The light of the sun. 4月1日(陰暦であり、陽暦では5月19日にあたる)、神聖な山に参詣した。 むかしは二荒山(ふたらさん)と書いたが、かの弘法大師空海がこの地で寺を開いた時に、名を日光(にっこう)と改めになった。 きっと空海さんは、千年先の未来を予見していたのであろう。 千年を経て、今日ここに来てみると、空海さんが日光と名付けられた土地には、聖なる光が、域内のすべてに降りそそいる。 その恩恵は(空海さんが予見したように)隅々にまであふれ、四民(士農工商)の全てが、平和で治安の良い暮らしを楽しんでいる。 この場所は、(徳川幕府の開祖である神君・家康公の霊廟近くであるから)多言は恐れ多いと思われるので、ここらで筆を置く。 あらたふと 青葉若葉の 日の光 ~ なんと尊く感じられることだろうか。青葉若葉も輝かんばかりの陽光ではないか ~ ●掲示の写真は、日光山内で写したものです。一枚目、画面の左側が有名な“東照宮(とうしょうぐう)”です。 奥の門の先は東照宮美術館です。 ●ブログを再開して初の、そして久々の「奥の細道をたどる旅」となりました。 そのためか、思わず力が入ってしまい、長い記事になってしまいました。 次回以降は、もっと簡潔で短い記事にしたいと思います。再開したこのブログで、「百寺巡礼」とあわせて、記事の完遂を目指したいと考えています ので、これからも宜しくお願いいたします。 それでも、今までと同様にのたりのたりと記事更新…(^_-)-☆ 人気blogランキングへ; ![]() 吾が心、此処に在らず… 2006年10月にブログを開設した私は、 Grayman:グレイマン と 名のった。 そのブログに、自らの存在証明として 鏡に向かって撮った、2006年10月の自画像写真 を貼り付けたのは、いかに匿名性を歌う ブログといえども、声が聞けない~、顔も見えない~の 無い無いづくしのブログ では、嫌だったからに他ならない。 グレイマンという “ブロガー名”が、珍しかったのかも知れない。 あるいは、アニメで有名なD.Gray-man(ディーグレイマン)との関系を、確かめたかったのかも知れない。 ブログの開設時から今日まで、 Graymanの名の由来 を 問うコメントが、けっして多くはないのだが、継続して寄せられている。 これらのコメントは何故か、決まって 鍵付きコメント として書き込まれることが、私には、とても可笑しく感じられてならない。 単語の綴りを問うた、「 英国式に grey と書かずに、米国式に gray と書かせるのですね!」 というのは、例外であろう。 大半は、写真に写った~私の髪の毛に関するもの~で、 「 白髪交じりの頭髪に ことよせて、自嘲気味にGrayman(灰色の男)と名乗っているのですね?」 「 若い頃から、異様に白い髪が目立つ人って…いますよねぇ!」 などと言ったコメントは、おしなべて、お褒めのコメントと言うよりは…むしろ、憐憫(れんびん)の情 を つよく含んだコメントに 思え てならなかった。 ところがどっこい…、私自身は 決して自嘲気味でも無ければ、むしろ、本音としてはまんざらでもないのである。 白髪まじりの髪は、果報者(かほうもの)の髪 と信じて、むしろ誇りにさえ~思っている。 思いかえせば、30歳代の初めから、私の髪には、すでに白いものが目立っていた。 私の田舎(北陸の金沢であり、北陸の富山) では、これを 若白髪(わかじらが) と呼んで、好ましいモノの代名詞のひとつに数えている。 若白髪の人は、歳に似合わず~苦労した人…として、好意的に受け留める 土地柄なのである。 経験を積み重ねることで、時に、大きく飛躍する可能性を秘めるのが、若さ というものであろう。 その若さ…が、突如として、降って涌いたような逆境に、直面することがある。 恐れおののいて逃げだす若者もいるが、ひたすら 耐え忍ぶ若者もいる。 逆境に耐え、刻苦奮闘して、逆境から抜けだそうと、倦まず弛まず努力を重ねる 若者である。 重ねる努力の 「辛さと深刻さ」 が、若者の髪を白くする…のだと、信じられてきた。 若白髪は、諦めることなく粘り強く生きた その 人の 生き方そのもの であり、その生き方は、必ずや、その人をして、果報者にする…のだと、強く信じられてきた。 ところが私の場合には、若白髪(わかじらが)だけでは、すまされない。 若白髪と同じように、田舎で 天パ(天然パーマ)と呼ばれる癖毛(くせげ)で…髪全体が緩やかなカーブを描いている。 これは亡き父からの劣性遺伝であり、私の子供たちの髪にも、きわめて微かに~ではあるが、緩やかなカールが かかっている。 なぜ今、グレイマンなのか?… 円形劇場の廃墟に住みついた、もじゃもじゃ頭で粗末な身なりをした 不思議な少女MOMO(モモ)の物語。 ドイツの児童文学作家 Michael Ende(ミヒャエル・エンデ)が、1973年に発表した作品である。 黙って話を聞くだけで、人の心を溶かし、悩みを解消させる ~ そんな不思議な力を持った少女MOMO。 彼女のまわりには、いつも たくさんの大人や子どもたちが 集まってくる。 穏やかで ゆとりある暮らし、明るさと楽しさ、おもわず 笑いが、あふれでる。 そんな楽しい暮らしに、時間貯蓄銀行 から来たと云う 灰色の男たち(Grayman) が、介入してくる。 「 ゆとりある生活などは、全く無意味なもの! 」、 「 無駄な人生に陥ることを避けるためにも、時間を貯蓄しなければ… 」 などと、呼びかける。 時間を貯蓄した人々が町にあふれると、皆 せかせかと味気ない生活を始め、いつしか街は灰色になってくる。 人々はどんどん不機嫌になり、怒りっぽくなってゆく。 一人、また一人と、友達を失ってゆくMOMOは、ついに 時間泥棒のGrayman への挑戦を 決意する。 亀のカシオペイアとともに、時間泥棒を追いかけて撃退し、盗まれた時間を 人々に取り戻す ことに成功する。 なるほど物語は、ファンタジックな児童文学。 それでも、この作品には 深遠な意味合いが潜んでいる。 ミラクルな精神科医のようなMOMOが 備える力のベースは、傾聴の大切さ とでも言うべきもの! debateやdiscussといった 討論に打ち勝つ方法論ばかりが重視される今日の風潮にあって、dialogueする ── 対話のなかから 気付きを得る ── ことの大切さを、改めて思い知らされる。 MOMOは時間が盗まれ、皆が忙しくなってしまった世界で、時間泥棒のGraymanを追いかけて撃退するが、時間を盗まれた人 たちは、現代の私たちの姿そのものではないだろうか。 今日の社会で、成果をあげようとすれば、PDCAサイクルを自家薬籠中の物とし、更には SPDLIサイクルにまで止揚させることが 求められる (ここに、S:戦略、L:学習、I:イノベーション)。 大競争時代の勝者たらんとして、成果を求め続けるならば ── ひとは 必然的にGraymanにならざるを得ないのであろう。 皆さんは、私の髪が白髪交じりなので Graymanと名乗っている のではないか~ と、お考えの様子。 でも、実際のところは ── 際限のない時間の中で、空想をめぐらせて楽しむ ── そんな “MOMOの生き方” に憧れているからに 他ならない。 ●掲示の写真は、アーヘンの聖堂に“Endeの著作MOMO ”を重ねたものです。 ●ブログ休止から半年弱が経過しました。再びのたりのたりとした記事更新を開始します(^_-)-☆ 人気blogランキングへ; ブログを休止いたします(深謝)…♪ 訃報が相次ぎます。 以前にも…このようなことがありました。 ちょうど、わたくしの父が亡くなった頃のことでした。 友人、先輩、先生…の訃報が続いて、2008年11月27日の今朝も、家族全員が早朝の電話で起こされました。 しばらくブログを休止します。 皆様との窓口である「コメント欄」と「T.B.欄」も、同時に閉めさせて頂きます。 ブログを通じて御交誼いただく皆様には、常日頃からご迷惑ばかりお掛け致しておりました。 Graymanのブログは、休眠や休止ばかりのブログでしたから…。 今までの休眠や休止の理由は、そのほとんどが仕事が多忙になり、ブログに割く時間が無くなったことによるものでした。 時間に余裕が出来てくれば、必ず再開できる“休眠”であり“休止”だったのです。 でも今回は…予測ができません。 ブログ開設からちょうど2年経過し、3年目に入った私のブログです。 若しかすると…、“今日のこの日”が、不思議な縁によって定められた “節目”の日なのかも知れません。 冷静になって考えてみれば、“なさねばならぬこと”が山積する私・Graymanでした。 『選択と集中の原則』に立ち戻って、与えられた時間の“割り振り”を 考え直さなければならないのかも知れません。 とは言え…、休止中にもきっと、皆さんのブログを覗かせて頂くであろう…私です (^_-)-☆ その節は、あたたかくお迎え頂きますよう、よろしくお願い致します(^^♪ Grayman拝 ![]() ![]() ホームステイ(その八)--- ダブルブッキングが、みーちゃんの前に立ちはだかった…♪ みーちゃんは台湾に帰っていった。 八月初旬のことである。 残念なことに 今回は 誰一人として 見送りに行くことが出来なかった。 ダブルブッキング(double-booking)が発生し、それが更に 幾重にも重なった為だ。 常に 見送り軍団の最大パワーと目されているのが、 みーちゃんの後輩たちなのだが…、 その彼ら・彼女たちに、すなわち台湾からの留学たちに、突如として見送りに行けなくなる事情が起きてしまった。 みーちゃんが帰国する数日前になって やっと、確定した日程があった。 なかなか決まらずに、延び延びになっていた。 「今年は中止されるかもしれない…」というウワサが流れるほど、イベントの日程は決まらなかった。 それでも毎年催されてきたイベントである…そして留学生たちはみな このイベントの催行を心待ちにしていた。 ようやく確定された日程は、こともあろうに、みーちゃんの帰国の日に“ダブルブッキング”! みーちゃん自身も日本留学中に大いに楽しんだイベントである。 留学中の後輩たちが感じているに違いない、待ちに待ったことが実現される嬉しさが、みーちゃんにはとても良く解かる。 みーちゃんは後輩たちが自分の見送りに来てくれない無念さよりも、後輩たちがイベントに参加できる幸せを 喜んでいた。 かくして見送りの最大パワーが、完全に削がれることになってしまった。 後輩たちが誰も見送りに行けないのなら、せめて我が家から 誰かが…と考えた。 ところが我が家でも あいにくこの日に限って…スケジュール帳はビッシリと予定で埋め尽くされていた。 私を含めて女房も子供達も、成し遂げねばならない重要案件が重なり合っていた。 土曜日だというのに…最悪の“多重のダブルブッキング”が発生である。 重なり合った重要事項の幾つかを犠牲にしなければならない状況下で、何を犠牲にすれば被害を最小にできるのかと思案した。 とても見送りに行けるような状況ではない。 「ひとりで返して大丈夫かなぁ~」と女房が心配するが、スケジュール調整の余地など…全くの皆無! かくして、みーちゃんはひとりぼっちで帰って往くことに…。 皆の心配をよそに、当人のみーちゃんは…と言えば、実にあっさりしたもの。 逆に颯爽としているようにさえ 見えてしまうのが なんとも不思議であった。 荷物を手際よくコンパクトにまとめ、スマートな動きでソツが無く、効率的かつ機能的に帰国準備をこなす。 その様子たるや…、余りに“お見事”。 まるで ベテランのフライト・アテンダントが、本日のフライトのために成田に出向くような 立ち振る舞い であった。 その雰囲気は とても手際よく 全てに自然体であった。 1年間の留学を終えて台湾に帰った、あの数ヶ月前の帰国の情景(← Click, please!)が脳裏に浮かんだ。 その時に比べると、その様子たるや…まるで、雲泥の差。 あの時の“涙の別れ”との余りの違いに、私達は 少なからず面食らったりもした。 みーちゃんは間違いなく成長している。 明確な目的を持って再度の来日を果たし、約1ヶ月半の日本滞在で、その目的の大半を叶えて帰国する。 その姿を目にして、私たちはみーちゃんの成長を確信した。 上野に出て、京成ライナーに乗って成田空港へ…、そして数ヶ月前と同じく日本アジア航空便で(台湾)台北市へと帰っていった。 台北に着いたみーちゃんから 女房のパソコンに、「無事に着いたよォ♪」と云う知らせが寄せられた。 (~ 続く ~) ●掲示の写真は、みーちゃんの颯爽とした “立ち姿 (もちづき)” を 撮影したものです。 ●本来ならば 今年8月にアップすべき内容の記事でした。今回ものたりのたりとした記事更新となりました(^_-)-☆ 人気blogランキングへ; ![]() グローバル・スタンダード -chap. 2 --- 挑戦と対決…♪ グローバル・スタンダードと聞けば 耳ざわりは良いのだが、実は 欧米発の標準…更に云えば米国発の標準でしかない。 明らかに日本の標準とは異なっている。 「情緒」のかけらも無いし、弱者に対する「憐憫の情」なども希薄である。 この標準が意図する処を知って“具体的に理解できること”が大切なのであって、感覚的な理解では役に立たない。 この標準の適用は、~ステークホルダー・コミュニケーションに依って、総てが判定され、推し進められる~と云う事実。 コミュニケーションと聞けば…美徳のように感じられるのだが、その実体は…ディベートに他ならないのだ。 欧米流の個人を単位とする社会に於いては、“挑戦と対決”は 日常茶飯事の出来事! 決して、非日常の出来事では無い。 ── 知的ゲームを楽しむかのように 議論を挑んでは、その対応を見て 相手の度量を推し量る ── その挑戦をひるまずに 受けて立てば、その後の 彼らの態度は明らかに変わる。 欧米の地で、彼らと対等に闘って生き延びるには、“挑戦と対決”がその基本となる。 組織の力に頼ってはいけない。 過去の業績に安住することも許されない。 あくまでも現在の…現在進行形の「自分自身の力」で勝負する…そんな人間でなければ、決して 評価を得ることはない。 自分をおもいっきりぶつけることで、“個人としての信頼と尊敬”を勝ち得ていく! たとえ強力な組織の一員であったとしても、常に個人としての力量が試される。 ゆえに、“自分自身の力で戦う勇気としたたかさ”を鍛え上げることなしに、この地で 生き残ることはできない。 このグローバル・スタンダードの適用手法は、金融危機の現場においても なされている。 危機に遭遇した金融機関は、各方面からの挑戦を ひるまずに受けて立たなければならない。 当然のことながら、受けて立つためには“頑強な倫理性”と“明確な価値観”を有していることが前提となる。 この前提が脆弱なままでの闘いは、無謀でしかなく…早々の“退場”を余儀なくされるだけである。 リーマン・ブラザーズは、FRB(アメリカ政府・連邦準備理事会)に見放されて経営破綻した(←前々回の記事)。 その一方でFRBは、同じく経営危機に直面しているAIGに…公的資金を注入して これを救う策をとる。 この両社への待遇の違いは、何処から生じたのであろうか? AIG(American International Group, Inc.)は米国に本拠を置いて、世界の100以上の国で 保険事業を展開している。 TVコマーシャルなどでおなじみの、アリコジャパン、AIU、アメリカンホーム …などの 日本国内で保険事業を展開するこれら企業の全てが、AIG傘下の企業である。 容易に想像がつく。 AIGの破綻は、個々の家庭に暗い影を落とす…あろうことを。 保険というのは、つつましい市民生活の最後の“より所”である。 保険の破綻が市民生活に“将来的不安”というショックを与えて、その生活を根底からゆさぶる。 家庭の不安は、経済システムの萎縮に繋がり、それが増幅されて社会不安へと発展する。 AIGの破綻は、金融システムを麻痺させるだけでなく、一般の市民生活にまで 大きな打撃を与えるのである。 「全うに働く一般の庶民にまで、直接打撃を与えるような破綻は避けなければいけない」…これが連邦政府の考え方である。 では、リーマン・ブラザーズの場合はどうであろうか? “金融派生商品を扱う投資銀行”としての性格を強く持つこの会社である。 その 主たる顧客層は、投資のプロである機関投資家。 彼らはプロフェッショナルであり、確信犯的に ハイリスク・ハイリターンの売り買いを繰りかえす。 「時として巨額の利益をあげる投資家には、損失には自己責任で対応してもらうのが当然」…とする考え方である。 ●掲示の写真は、コラージュの真似事です。米国発global standardの“判定方法 ”を表現したかったのですが…(^_^;) ●“超スロー”なブログです。のたりのたりと月に数回の記事更新…で無理なく運営しています(^_-)-☆ 人気blogランキングへ; Tags:global standard overseas
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